2018年12月5日水曜日

「ネオフィリア ―新しもの好きの生態学」を読んだ感想


 とある大学の文化人類学の先生が薦めていたので、読んでみました。
 何故、人類だけが地球上で特別な進化と繁栄を遂げたのか、という疑問について、人間は新しもの好き(neophilic)という性質を持っていたからだ、という説を展開するエッセイです。
 タイトルに「生態学」とありますが、一般的な科学読本ではなく、多分に著者の思想が入り込んだエッセイでした。

 純粋な科学の本じゃないです。こんな記述がでてきます。

“大気は酸素と窒素に満ち、しかもまるで化学法則に挑む奇術師のごとく、この爆発性のふたつの気体を結合もさせずに、浮遊させている。風は立ち、生命は栄える、あらゆる予想を裏切って。”

 窒素ガスは極めて安定なはずなのに、この著者は大丈夫だろうかと思って調べてみたところ、どうやら著者のライアル・ワトソン氏は、動物行動学など複数の学位を持つ知の巨人でありながら、虚実織り交ぜて物事を語る癖があるらしく、「百匹目の猿現象」や「グリセリンの結晶化に関する都市伝説」という残念な黒歴史を抱えている方だったようです。
(詳しくはWikipediaにその項目があります…)

 この本の中でも、オカルトや宗教世界の怪しげな話を展開するので、何度も途中で投げ出そうかと思いました。
 けれど、ところどころに出てくる科学の知見について著者の知識量が膨大なのは十分窺わせるものがあるし、こんな感じで(↓)著者も開き直ってるような節があったので、読むのも辛いけど、最後までお付き合いすることにしました。

“傷をつけても出血しない、心臓を止められる、地中に埋められても生きていられる、火傷もせずに火の上を歩く。こうしたことはすべて不可能だと科学は教え、それができるといわれる人の情報を無視する。これは惜しむべきことだとわたしは思う。”

 著者は、科学技術が無秩序に発展するのを警戒していたのだと思います。
 ただ、その警鐘の鳴らし方が少し奇抜すぎるのは、実に惜しい感じがします。

 長くなりますが、下の方に著者の結びのことばを引用します。
 この文章が書かれたのは1988年ということですが、最近(2018年末)になってHIVに対する免疫を遺伝子操作で与えられた双子が中国で産まれたとニュースになっていたので、著者は本当にたいした先見の明だと思います。
 本の中身はいろんな方面にぶっ飛んでいて、少しトンデモな本の匂いもしますが、著者のかかえる思想や主張は真っ当なのかもしれません。

“西暦2000年までには、われわれの抱えるおおかたの問題は解決されるだろうといわれている。水不足も、南極から曳いてくる氷山のおかげで、遠い過去の語り草になることだろう。あらゆるものに効く錠剤が開発され、発毛から虫歯予防まで、なんでもござれだ。結核や癌やエイズに対しても、生まれつき免疫をもつようになるだろう。人工肝臓や人工脾臓の助けをかりて寿命は長くなる。みんなが自動車を所有し、その重量も燃費も半減する。コンピュータがキャッシュレス社会を管理し、科学は有人宇宙ステーションを使って宇宙の謎を思うままに解き明かしていくことだろう…。大いにありうることである。わが人類の、御都合主義と好奇心はたいしたものだ。アメリカやオーストラリアや中国といった豊かな資源をもつ国々にとっては、こうした空想が現実となる可能性はある。だが世界の大半の住人には、これとおよそかけ離れた現実しか待ち受けていない。”

“われわれの技術的な能力と、社会的な面でそれに劣らぬ創意を発揮する意志とが結びつかなければ無理だ。そしてそれには、永遠なる経済成長という甘い夢を断ち切り、遺伝子バンクに相当するものを、文化面でも作り出すこと以外に方法はないとわたしは思う。人間の多様性を大切にし、これを維持していかねばならない。残された豊かな伝統を尊重し、保護すべきである。多様な、常に新しいものを求めるわれわれの欲求を満たすと同時に、この惑星地球を豊かに培うために必要なのだ。”

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